介護はなぜ荒れるのか考えてみた

最近あった出来事で、介護に纏わるYoutubeコメランが荒れたというのがあった。
それはなぜかを考えると、想像力を働かせない心理的障壁があると思えた。
それは何か。
まず、何が心理的かと言うと、介護施設に預けている人を責める傾向がある事だ。
これは荒れる。
擁護する者と責める者が全く嫌と言う程言い争う。
そして大抵は責める者のせいで荒れる。
そしてなぜ責める者は責めるのか。
私が考えるに責める者の頭の中には理想図がある。
親の世話は金に頼らずに自分の手で行う物だという理想だ。
その理想から離れているので、取り敢えず攻撃するのだ。
理想から考えが動かないので考えないし、考えない者にいくら言っても話は平行線だ。
まるでレーコードの様に同じセリフを言う。
違う人間なのにだ。
それはつまり共通理想があるという事だ。
その共通理想から離れた人間は異端である。故に道徳的に攻めて良いと考える。
自分達は道徳的優位者であるから責めて良いのだと。
非常に醜い姿だ。
それにこの責める姿はマズローの欲求階層説によると、生理的欲求、安全の欲求、社会的欲求、承認欲求、自己実現欲求、のうち、社会的欲求に留まる。
何故ならば共通理想に所属している安堵感を求めるからだ。
これは承認欲求近い様で遠い。
必ず言うのだ。
介護施設も大変何だから文句言うなとね。
我慢しているからYoutubeのコメ欄に漏れ出したとは全く考えない。
本当に我慢を知らない奴はコロナ対策で面会お断りにも関わらず、ズケズケと入院病棟に入る様な奴だ。
(実話)知り合いが入院している時に見たらしい。名の電車こういう人の認識を変えるのは難しい、あるアニメのセリフだが、理想を抱いて溺死する番が回ってきてはじめて理解するだろう。
2時間おきに床擦れ防止に寝返りを打たせなくてはいけないなど理想の前では霞むのだから。



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