11月になった

11月になったハロウィンも寂しく終わり今年もあと2月となるわけだ。
振り返ってみれば色々行った年だったかもしれない。
エルゴノミクスキーボードも買ったし、小説も書き始めた。
よく見ていたブログの人に書き込みを行ったのも今年が初めてだ。
小説も最初の作品を振り返ってみれば出来が悪いのだが、今は少しずつ完成度が上がってきていると個人的には持っている。
こういう不思議なブログを始めたのも今年からだし、新型コロナの影響で人間いつ死んでもおかしくないとまでは言わないが、チャレンジしないで死ぬのはもったいないなと思うようになった。
色々行ってからどうせなら死にたいと言うのが感覚としては分かるようになったっていうのは大きい。
考えてみれば2000年以降、私も含め、日本人のメンタリティを変える出来事が連発した気がする。
かつて世界大戦を戦った相手国そして現同盟国アメリカが911の被害に遭い日本人も犠牲になった。
それから始めるイラク戦争アフガン戦争日本の初めての軍事支援。
そして東日本大震災これもまた多くの日本人に個人主義に傾向していた世論を変えた。
時の首相が自己責任という言葉を使って新自由主義を進めた一種の狂騒から脱出したように思う。
不良債権処理は大事だったが、それと共に新自由主義を進め、高速バスなどの規制緩和をした結果、若者が犠牲になってしまった。
残念だが、小泉元首相が間接的に殺してしまったようなものだ。
まぁ当人はそんなことは予見していなかったろうが、シュタインズゲートの岡部倫太郎なら言うだろう。
これがバタフライエフェクトだと。

話が逸れたな。

話を戻すとこの新型コロナもまた日本人のメンタリティを変える出来事だったと思う。
日本人が普段いかにサービス業で食べているか。
おもてなしで食べているかがわかった。
厳密に厳粛に解釈すると、ある意味では生きるのに必要のない、生存には必要のない娯楽的な産業で生きている。
他の人より美味しいものが食べているとか少し甘い物だとか、少し良い物だとか、そういったものを買って生きているということは分かった。
これは日本の GDP 割合を調べればわかるのだが、分かっていてもトヨタがあり本田があり。
やはり製造業や技術への関心がある日本人にとってはサービス業でそれほどの比率を保ってるとは思わなかったのだろう。
感覚と統計とのズレである。
車も低燃費や環境対策といったものを除けば重い物を運び、人を乗せどこまでも走るという点では20年前に完成されている。

新型コロナウイルスは一種の国家意識を再興させた気がする。
献身的な行為が大事にされるということだ。
私は様々なニュースを見て思った。
医療従事者の人々はこの困難な状況にあっても最大の努力をしているのだが、なぜか表彰してやろうという話が出ない。
名誉を与えてやろうという話だ。コロナ患者受け入れた結果 患者が減って経営難の病院があるという。
それならば新型コロナの患者を受け入れて自分の身も省みず患者を助けた勇敢な病院として表彰してやればいい。
未知のウイルスとも戦ったのだから既知の病気ならば、なおのことちゃんと治療してくれるだろうという、名誉を与えればいいのだ。
なのに誰からもそういう話が出ない官僚も政治家もメディアもブロガーも Twitter も YouTuber も誰も言わないので仕方ない私がここに書いておこう誰が見るともわからないけれどもな。
と思って書いている。
まだまだ国家意識が再興し始めたばかりだから仕方ないのかもしれない。
そしてまだ新型コロナ終わっていない。
看護師というのは過酷な仕事だ。
未知だろうが、既知だろうが、関係なく衛生に気を配らなくてはいけない。
患者の身の回りの世話をしなくてはいけない。

このブログでもその多大な努力に改めて感謝申し上げる。










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